パワートレインが宝

あでやかな深紅のレクサスLC500“Sパッケージ”に乗り込み、スターターボタンを押すと、轟音一閃(ごうおんいっせん)、5リッターのV8が目を覚ます。まずはレクサス独特の電子音がしているはずだけれど、記憶に残っていない。エンジンがかかってから電子音がするのか、それとも通電して電子音がしてからエンジンがかかったのか……いまも記憶にあるのは、94.0×89.5mmのシリンダー8本内の爆発によって奏でられるリアルなサウンド、「天使の咆哮(ほうこう)」だけだ。

レクサス最新の、そして自然吸気としては最後になるやもしれぬ大排気量マルチシリンダーこそがLC500の主役である。型式名2UR-GSE。最高出力477ps/7100rpm、最大トルク540Nm/4800rpmというこれは、スペックが示すごとく、排気量に似合わぬほどの高回転型ユニットである。でありながら、大排気量ならではのぶ厚い低速トルクを備えている。

LC500で特徴的なことは、主役を主役たらしめるために、あるいは主役をより際立たせるために、強力な脇役が配されていることだ。相棒といってもいいかもしれない。アイシンが新たに開発した10段オートマチックトランスミッションがそれである。

当初、LC500開発陣のトップは10段までは望んでいなかった。コストがかかりすぎることを嫌ったのだ。でき上がった10段ATと2UR-GSEとの組み合わせは、しかしコスト管理者の気持ちをひっくり返すものだった。そんな逸話を横浜で開かれたLCの試乗会の折、トランスミッションの担当者から聞いた。10段でありながら、従来の8段ATと変わらぬコンパクトネスと重量にとどまっているということも、彼らが成し遂げたことのひとつだった。

10段化によってハイギアード化も可能になった。100km/h巡航はわずか1300rpm近辺に過ぎぬ。静かで快適なクルーザー、それがLC500の誰にでもわかる普段の顔だ。

日本車史上まれなぜいたく

すでに喧伝(けんでん)されているように、LCは2012年のデトロイトモーターショーで発表されたコンセプトカー「LF-LC」を量産化するという意図をもって急きょ開発された。LF-LCはもともと、かっこよさだけを求めてデザイナーが自由に筆をふるった。それがモーターショーで喝采を浴び、レクサスのトップ、ということはつまり豊田章男その人だろうけれど、が断を下した。

量産化を前提としていないデザインを量産化することは極めて困難なタスクだけれど、幸いなことに同時期に縦置き後輪駆動用のプラットフォームを新たにおこすことが決定された。「GA-Lプラットフォーム」と名付けられた、フロントミドシップのこの新しいプラットフォームがなければ、LF-LCのように低いノーズは実現しなかった。新規モデルの開発は、工場の人員の確保も踏まえ、10年がかりで行うのがトヨタのつねだそうだけれど、LCでは5年で市販にこぎつけた。関係諸氏がエンスージアズムをもってこれに臨んだからであろう。

全長4770mm、全幅1920mm、全高1345mmの、日本車ばなれした伸びやかな肢体は見る者を魅了する。とりわけドアの後方から始まるリアフェンダーの膨らみは、大パワー高性能車の証しであると同時に、グラマーな女性のボディーをほうふつさせもする。ある年代以上の人は前田美波里を、もうちょっと若い人は藤原紀香を想起するかもしれない。

ホイールベースは2870mmもあるというのに、レクサスの旗艦となるこの大型クーペは、4人の人間と小さな荷物しか運ぶことができない。ぜいたくが敵だとしたら、これほど巨大な敵が公道に姿を現すのは日本車史上初といってよいのではあるまいか。

タイヤ&ホイールが大きい。試乗車の“Sパッケージ”の場合、フロントは245/40、リアは275/35という極太超偏平で、スタンダードより1サイズ大径の21インチを標準とする。スーパースポーツと呼ぶにふさわしい数値である。

クルマと一体になれる

今回、筆者が試乗を開始したのは河口湖の近くで、国道139号線へといたる道路が工事中で凸凹していた。そういう凸凹路面だと、ランフラットタイヤを意味するRFの文字が入った「ミシュラン・パイロットスーパースポーツ」を履くLC500は、乗り心地が多少硬く感じられた。これは意外といってよかった。それほど横浜の試乗会では完璧に思えた。アスファルトもしくはコンクリートの上をすみかとするしなやかな猛獣が、いつもは隠している強靱(きょうじん)な筋肉を印象づける例外的な情景だった。

LCは前述したように巨体である。車重は1960kgもある。その巨体を5リッターV8は10ATとの連携で軽々と走らせる。もちろん、そこにはフロントミドのGA-Lプラットフォームが大きく関与している。前輪荷重1050kg、後輪荷重910kg。理想とされる前後重量配分50:50、エンジン等の重量物を車両中心近く配置し、軽量なCFRP製ルーフやアルミ製ドアなどを採用、TNGA第1弾の現行「プリウス」以降のテーマである低重心化を推し進めたパッケージングは、慣性モーメントを低減し、回頭性に優れた素直なハンドリングを実現すべく考案された。

LC500“Sパッケージ”を河口湖周辺で走らせていると、この大型クーペとドライバーである筆者が高いシンクロ率でつながることができそうに思われた。500psに迫る、車重2t弱の猛獣が思うままに動く。さながら「マツダ・ロードスター」のドライバーが“人馬一体感”を味わうように……。

筆者はドライビングの快感を求めて河口湖から富士吉田有料道路経由で御殿場に至り、長尾峠、箱根スカイライン、芦ノ湖スカイライン、さらにマツダ ターンパイク箱根へと向かった。このようなルートでしみじみと実感したのは、LC500のパフォーマンスを引き出し味わうには、相応の腕がいるという当たり前の事実だった。

ドライブモードを最強の「Sport S+」モードに設定すると、エキゾーストのバルブが開いて排気音のボリュームががぜん大きくなる。エンジン回転数が5000を超えると、液晶のタコメーターがオレンジ色に発光して気分を盛り上げる。LC500はエレガントなクーペルックをまとっているけれど、その動力性能はスーパースポーツである。ライトウェイトスポーツカーとは馬力が違う。トルクが違う。重さが違う。求められる技量のレヴェルが違う。

高級というより「本物」

実のところ、筆者が今回もっともカタルシスを感じたのは、山道ではなくて、横浜の首都高速上だった。ごく穏やかにクルーズしている。車内は静かで快適だ。その状態から、遅い大型トラックが合流して走行車線に入ろうというとき、隣の追い越し車線に移るべくアクセルを踏み込む。10ATが即座に2段ほどギアを自動的に落とす。V8が咆哮し、胸のすく加速と高揚を味わったあと、再び穏やかなクルーズに戻る。

静から動、動から静への変化、躍動にLC500の真骨頂がある。

山道では高性能に過ぎる。速過ぎて、手のひらに汗をかく。10ATがV8の高回転を維持し続け、排気音の音量と質の変化の小ささにいささかの退屈を覚える。そこでLC500はドライバー語りかける。技量を磨け、と。

もしも、LC500のオーナーに筆者がなったとしたら、技量を磨かないといけない、という強迫観念にさいなまれることになる。テスト車は車両価格1350万円もする高級車ゆえ、筆者がLCのオーナーになるという仮定はあくまで仮定にすぎないわけだけれど、申し上げたいのはここからである。

つまり、ドライバーに技量を磨け、と語りかけるようなクルマこそ本物のスーパースポーツの証しなのだ。LC500は単なるラグジュアリークーペではない。レクサスのクルマづくりにおける根本的変化を筆者はここに見る。スーパースポーツかくあるべし。

恵比寿に到着してClubpyme編集部にLC500の鍵を返却した筆者は、ホッとすると同時にある種の達成感が湧き上がるのを感じた。そりゃあね、藤原紀香を無事送って帰ったらホッとするでしょう。家に帰っても藤原紀香がいたら、もちろんそれはそれで幸せなのでしょうけれど……。

(文=今尾直樹/写真=峰 昌宏/編集=関 顕也/取材協力=河口湖ステラシアター)

テスト車のデータ

レクサスLC500“Sパッケージ”

ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4770×1920×1345mm
ホイールベース:2870mm
車重:1960kg
駆動方式:FR
エンジン:5リッターV8 DOHC 32バルブ
トランスミッション:10段AT
エンジン最高出力:477ps(351kW)/7100rpm
エンジン最大トルク:540Nm(55.1kgm)/4800rpm
タイヤ:(前)245/40RF21 96Y/(後)275/35RF21 99Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツZP)
燃費:7.8km/リッター(JC08モード)
価格:1350万円/テスト車=1377万6480円
オプション装備:カラーヘッドアップディスプレイ(8万6400円)/ステアリングヒーター+寒冷地仕様<リアフォグランプ、ウインドシールドデアイサーなど>(2万8080円)/ラディアントレッドコントラストレイヤリング(16万2000円)

テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:4154km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:463.0km
使用燃料:67.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.8km/リッター(満タン法)/6.8km/リッター(車載燃費計計測値)

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