GTスポーツでも成功を収める

エリートはロータスとしては初のクローズドボディーを備えた、GTスポーツという性格を持ったモデルだった。車体構造はFRPモノコックボディーという革新的なもので、超軽量。しかもCd値0.29と空力にも優れていた。高出力のコベントリー・クライマックスエンジンを搭載し、四輪独立のサスペンションを備えたエリートは、レースでも高い戦闘力を誇った。ルマン24時間レースでは6回のクラス優勝を飾っている。

エリートは1963年までに約1000台が製造された。スポーツカーメーカーとしての足場を固めたロータスは、北米マーケットに進出を果たす。その戦略の中心を担ったのが、1962年のロンドンモーターショーで発表された「エラン」である。車体はバックボーンフレームにFRPのボディーを組み合わせたもので、この構造は後々のモデルにも受け継がれることとなる。もくろみどおり北米で大成功を収めたエランは、合計で1万8000台が製造された。

チャップマンはロードカーの製造と並行してモータースポーツも継続し、大きな足跡を残している。そもそもマーク1は自分がレースをするために作ったものだったし、初期のロータスでは彼自身がドライブしてルマンなどの大舞台に出場している。

ロータスが初めてF1に参戦したのは1958年。当初はさしたる成績を挙げられなかったが、1960年にミドシップレイアウトの「18」を投入すると状況が好転する。モナコGPではこのマシンを購入したロブ・ウォーカー・レーシングチームのスターリング・モスが優勝し、ロータスマシン初のGP勝利となった。チーム・ロータスとしては、翌1961年にアメリカGPで初優勝を果たしている。

自動車史においても極めてまれなFRP製のフルモノコックボディーに、コベントリー・クライマックス製の1.2リッター直4エンジンを搭載した「エリート」。ハイパワー版の「SE」やモータースポーツでの使用を想定した「スーパー95」「スーパー100」などの高性能モデルも生産された。
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バックボーンフレームにFRP製のボディーを架装した「エラン」は、オープンカーが好まれた当時の北米市場で大ヒット。「26R」などのレーシングバージョンも用意された。
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ロータスが本拠地を構える、英ヘセルで行われた同社の70周年記念イベントにて、走る姿を披露する歴代のフォーミュラカー。
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