F1マシンを革新したボディー構造と空力

1962年に登場した「25」は、レーシングカーデザインに革命を起こした。従来のスペースフレームに代わり、モノコック構造を採用したのである。D字型断面を持つメンバーを左右に持ち、前後のバルクヘッドと組み合わせてバスタブ型のモノコックを形成する。軽量でねじり剛性に優れた構造で、高いロードホールディング性能により圧倒的な戦闘力を誇った。熟成が進んだ翌1963年シーズンは、ジム・クラークのドライブで10戦中7勝を挙げ、ドライバーズとコンストラクターズのダブルタイトルを手にした。

このほかにも、ロータスが導入した革新的技術は多い。「72」では、ラジエーターをフロントからサイドに移し、ボディー全体をウエッジシェイプにするデザインを採用した。サイドラジエーターは現在のF1では常識だが、これもチャップマンのアイデアである。「78」ではさらに空力の考え方を前に進め、グラウンドエフェクト理論を取り入れた。サイドポンツーンをウイング形状にし、強大なダウンフォースを生み出したのだ。78と改良型の「79」で、ロータスは1978年のコンストラクターズタイトルを獲得した。

チャップマンは、1982年に心臓発作でこの世を去った。死の直前、彼はチームにアクティブサスペンションの開発を指示している。翌年のF1に投入したアクティブサス仕様の「92」は成功しなかったものの、87年の「99T」はアイルトン・セナと中嶋 悟のドライブで好成績を残し、その後のF1に大きな影響を与えた。

チャップマンは生涯を通じて常に新しい技術にチャレンジしてきたが、その原点がシンプルで操る楽しさを突き詰めたセブンにあることは間違いない。50年以上前に原型が作られたのだから当然だが、当時も同時に発売されたエリートに比べればはるかに保守的な構造だった。それでも、このクルマこそがチャップマンが初めて作ったマーク1の志を継ぐ存在であり、だからこそモータースポーツを愛する人々の心をとらえたのだ。チャップマンの初志は、今もセブンの中に宿っている。

(文=Clubpyme/イラスト=日野浦 剛/写真=ブガッティ、フォード、ロータス、二玄社)

1963年と1965年の2度にわたりF1のドライバーズタイトルに輝いたジム・クラークと、コーリン・チャップマン(左)。2人はクラークが1968年に事故死するまで、公私にわたり良好な関係であり続けた。
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英国のヒストリックカーイベントで走る姿を披露する「ロータス72」。ボディーの両サイドにラジエーターを配した最初のモデルだった。
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空気の流れによってクルマを地面に押し付ける、グラウンドエフェクト理論を取り入れたF1マシン「ロータス79」。前身となった「78」とともに好成績を挙げ、1978年のコンストラクターズタイトルをロータスにもたらした。
空気の流れによってクルマを地面に押し付ける、グラウンドエフェクト理論を取り入れたF1マシン「ロータス79」。前身となった「78」とともに好成績を挙げ、1978年のコンストラクターズタイトルをロータスにもたらした。拡大
「ロータス79」とコーリン・チャップマン。
「ロータス79」とコーリン・チャップマン。拡大
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