2018年3月30日~4月2日、京都の元離宮二条城で「コンコルソ デレガンツァ京都 2018」が開かれた。2016年秋に初開催され、今回が2回目となるこのイベントは、「アジア初となる世界レベルのコンクールデレガンス」を目指したもの。総合プロデュースを務める木村英智氏は、観賞魚とアートを融合させたアートアクアリウムという新たな空間芸術を創作したプロデューサーにして、京都国際観光大使も務めている人物。大変なエンスージアストでもあり、2010年から毎年4月に東京・日本橋で開かれているクラシックカーイベント「ジャパン・クラシック・オートモービル」も、彼のプロデュースによるものなのだ。

「コンコルソ デレガンツァ京都 2018」は、歴史と権威を誇る世界の2大イベントとして知られている、イタリアのコンコルソ デレガンツァ ヴィラ デステとアメリカのペブルビーチ コンクール デレガンスをお手本としながら、世界文化遺産である元離宮二条城を会場とすることで、日本で開催する意義と独自性をアピール。その特別な舞台に加え、審査委員はヴィラ デステやペブルビーチで実際にジャッジを務めている面々を招いた。そして最も大切な要素であるエントリー車両は、「カロッツェリア トゥーリング スーパーレッジェーラ」という今回のテーマに沿ったトゥーリング製ボディーを持つモデルを中心とする、国際格式にふさわしい27台。しかも大半はイタリアからのエントリーだった。さらにテーマに沿って、アルファ・ロメオ博物館所蔵の「アルファ・ロメオ1900 C52 ディスコヴォランテ」をはじめとする5台の特別展示車両も並べられた。洋の東西と時空を超えた特別な舞台を彩った、珠玉の名車たちを紹介しよう。(文と写真=沼田 亨)

1/30 : イタリアはミラノのアレーゼにあるアルファ・ロメオ博物館所蔵の1952年「アルファ・ロメオ1900 C52 ディスコヴォランテ」(手前)をはじめとする特別展示車両。
2/30 : 1952年「アルファ・ロメオ1900 C52 ディスコヴォランテ」。ディスコヴォランテとは、イタリア語で「空飛ぶ円盤」の意味で、その名のとおりカロッツェリア・トゥーリングの手になる空力的フォルムのアルミボディーが特徴のスペシャル。シャシーは鋼管スペースフレームで、1.9リッター直4 DOHCエンジンをはじめ、メカニカルコンポーネンツはアルファ初の戦後型である「1900」シリーズから流用している。
3/30 : 2012年のジュネーブモーターショーでデビューした「アルファ・ロメオ8C ディスコヴォランテ」。「アルファ・ロメオ8Cコンペティツィオーネ」のシャシーに、カロッツェリア・トゥーリングが前出の「アルファ・ロメオ1900 C52 ディスコヴォランテ」をモチーフとする特製ボディーを架装したモデル。今回は生産台数8台のうち3台がそろったが、中でも手前の一台は「ラスト・オブ・ライン C52 ヴィンテージエディション」なる形容詞が付く、最後に作られた8台目。盾の中に十字をあしらったグリル、フロントフェンダー上のクアドリフォリオ(四つ葉のクローバー)など、オリジナルのアルファ・ロメオ1900 C52 ディスコヴォランテと共通するディテールを持つ。
4/30 : 後ろから眺めた「アルファ・ロメオ8C ディスコヴォランテ」。
5/30 : 1952年「パナール・ジルコ ディスコボランテ ミッレミリア バイ コッリ」。アルファ・ロメオのディコヴォランテにインスパイアされたパナールが、カロッツェリア・コッリに依頼した特製ボディーを載せたワンオフ。初出場した同年のミッレミリアでクラス優勝を果たした。
6/30 : ここからはフィーチャーメイクである、カロッツェリア・トゥーリング製ボディーを持つエントリー車両。まずは1939年「アルファ・ロメオ 6C 2500SS スポーツベルリネッタ」。シャシーに溶接された小径鋼管で構成されたフレームにアルミパネルをかぶせる、トゥーリング特許のスーパーレッジェーラ方式のボディーを持つグランツーリスモ。Touring Early Italian(1951年以前に作られたトゥーリング製ボディーをまとったイタリア車部門)のベストに選ばれた。
7/30 : 1939年「フィアット1500 6C トゥーリング」。1935年に登場した、1.5リッター直6 OHVエンジンを積んだフィアットの意欲的な小型車である「1500」のシャシーに、スーパーレッジェーラ方式の特製ボディーを載せたスペシャル。Premio Sakura(桜の季節の二条城に似合うクルマ)を受賞した。
8/30 : 1949年「フェラーリ166インテル」。1947年に創立されたフェラーリ初のロードカーで、2リッターSOHCのV12エンジンを搭載。Touring Milestone(トゥーリングの歴史においてマイルストーンとなるモデル)を受賞した。
9/30 : 1951年「アルファ・ロメオ6C 2500 SS ヴィラ デステ」。第2次大戦を挟んで1938年から1952年までにシリーズ計で1300台以上を数える6C 2500の中で、1949年から1952年までに36台だけ作られたモデル。今回のBest of Show(最優秀賞)に選ばれた。
10/30 : 1955年「アルファ・ロメオ1900C SS」。1950年に初の戦後型として登場した「1900ベルリーナ」のホイールベースを短縮したシャシーに、スーパーレッジェーラ方式のクーペボディーを架装したモデル。Touring Classic Italian 1952-1961(1952~1961年に作られたトゥーリング製ボディーのイタリア車部門)を受賞した。
11/30 : 1961年「アストンマーティンDB4」(右)と1965年「同DB5」(左)。トゥーリングがスタイリングを手がけ、スーパーレッジェーラ方式で作られたボディーを持つ最初のアストンであるDB4と、その改良型でボンドカーとして知られるDB5。
12/30 : 1962年「ラゴンダ・ラピード」。チャイニーズ・アイと呼ばれる、当時の流行である斜め配置のデュアルライトが特徴的な、「ジャガー・マーク2 3.8」と並ぶ当時世界最速の4ドアサルーン。ベースは「アストンマーティンDB4」で、プロポーションはDB4をそのまま延ばして4ドア化したような印象。
13/30 : 「アストンマーティンDB5」と並んだ「ラゴンダ・ラピード」。よく似たリアフェンダーのライン、共通パーツとおぼしきリアコンビネーションランプやリアバンパーなど、2台が兄弟であることがよくわかる。
14/30 : 1962年「マセラティ3500GT」。最初のオーナーが女優のエリザベス・テイラーで、彼女の4番目の夫である歌手のエディ・フィッシャーが、マセラティ社にボディーカラーのシャンパンゴールドを指定して発注、車体に赤いリボンをかけてテイラーの元に届けたという逸話を持つ個体。2代目オーナーも、やはりハリウッド男優のアンソニー・クインだった。Touring Italian class from 1962(1962年以降に作られたトゥーリング製ボディーのモデル)を受賞した。木村英智氏所有。
15/30 : 1962年「アルファ・ロメオ2600スパイダー」。2リッター直4 DOHCエンジンを積んで1958年に登場した「同2000スパイダー」の内外装を小変更し、エンジンを2.6リッター直6 DOHCに換装したモデル。
16/30 : 手前から2台の1962年「ランチア・フラミニア コンバーティブル」、そして1962年「同GT」。ランチアのフラッグシップだったフラミニアのバリエーション。これらはトゥーリング製ボディーだが、ベルリーナ(セダン)とクーペはピニンファリーナ、最もスポーティーな「スポルト/スーパースポルト」はザガートが手がけたボディーを持つ。
17/30 : カロッツェリア・トゥーリングは1966年に活動停止したが、それから半世紀を経た2006年にカロッツェリア・トゥーリング・スーパーレッジェーラとして復活。今回、審査員のひとりとして来日した同社チーフデザイナーのルイ・ド・ファブリベッカース氏は、去る3月のジュネーブショーでお披露目された「シャー ディ ペルシア」(ベースは「マセラティ・グラントゥーリズモ」)も担当。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンのメンバーを対象に、そのデザインプロセスについて語った。
18/30 : 自らが手がけた「アルファ・ロメオ8C ディスコヴォランテ」のスケッチを描くルイ・ド・ファブリベッカース氏。さすが、あっという間に描きあげた。
19/30 : ここからはカロッツェリア・トゥーリング以外のボディーを持つエントリー車両。ご覧のとおり、魚を模したユニークなボディーを持つこれは、参加車中、最も古い1926年式の「フィアット509デルフィーノ」。当時16歳の板金職人が独力でたたき出したボディーをフィアット509のシャシーに架装したモデルで、ミラノ国際展覧会のコンテストに出品、優勝したヒストリーを持つ。
20/30 : 1937年「ブガッティT57ヴァントー」。古くから日本に生息する、有名な個体である。
21/30 : 1946年「フィアット1100フルア スパイダー」。1937年の誕生から戦後の1969年に消滅するまで、30年以上にわたる歴史を持つ小型車である「1100」のシャシーに、カロッツェリア・フルアの手になるボディーを載せたスペシャル。Early Cars to 1951(1951年以前に作られた車両部門)を受賞した。
22/30 : 1947年「フィアット1100 SMM」。フィアット1100のシャシーやメカニカルコンポーネンツは、1930年代から50年代にかけて多くのスペシャルに流用された。これもそのうちの1台で、ミッレミリアで好成績を残している。
23/30 : 1957年「オスカ187S」。1914年にマセラティを創設した兄弟が同社の経営権を手放した後、戦後の1947年に創業したオスカ。小型のレーシングスポーツ中心の小規模メーカーで、187Sは1.1リッター直4 DOHCエンジンを搭載。19台のみ作られた。
24/30 : 1972年「アルファ・ロメオ・モントリオール」。初代「ジュリア」系のシャシーにカロッツェリア・ベルトーネ(スタイリストはマルチェロ・ガンディーニ)の手になるボディーを載せ、2.6リッターV8 DOHCエンジンを搭載したモデル。
25/30 : 左から1967年「ランボルギーニ・イスレロ」、1971年「同ミウラSV」、1977年「同カウンタックLP400」。ミウラはPeople's Choice(一般来場者の投票で最も人気が高かった車両)、カウンタックはLate Cars from 1952(1952年以降に作られた車両部門)を受賞した。
26/30 : 日本車代表である1952年「ダットサン・スポーツDC-3」(右)と1960年「同フェアレディ1200(SPL212)」(左)。前者は日本で初めて“スポーツ”を冠したモデルで、後者は初めて“フェアレディ”を名乗った輸出専用車。
27/30 : ズラリと並んだ12台の受賞車両。なお、今回のエントリー車両の一部は、この後、東に向かい、4月8日に東京・日本橋で開催される「ジャパン・クラシック・オートモービル2018」に展示される。
28/30 : これはお見事……。
29/30 : Best of Show(最優秀賞)に選ばれた1951年「アルファ・ロメオ6C 2500 SS ヴィラ デステ」のオーナーであるニコラ・リヴォン氏(前列左から3人目)、プレゼンターを務めた門川大作京都市長(同4人目)、審査委員(後列)らによる記念撮影。
30/30 : 表彰式の最後にサプライズとして、審査委員長であるランボルギーニ博物館 キュレーターのアントニオ・ギーニ氏(前列右)から、総合プロデューサーの木村英智氏(同左)にプレゼントが贈呈された。